おねがいティーチャー、ツインズでみずほ先生が
「辛い事、悲しい事、嫌な事もたくさんあって、でもそれも含めて幸せだなって思う」
というようなセリフを言っていた気がする。
そうなんだよな。
恋人と付き合い始める頃から付き合ってしばらくは二人とも自分を良く魅せようと努力していると思う。誰でも優しい。
それも数ヶ月したらそれほど力を注がなくなってくるものだ。
同棲などしていればお互いに嫌な部分とか見えてきたりもするだろう。
人間は短所と長所があるのだから仕方が無い。
そこでみずほ先生の言葉を思い出してほしいわけさ。
怒ったり喧嘩したりする事も大事な事で絶対やってはいけないタブーだけ犯さなければそれはごく普通の出来事なんだよね。夫婦喧嘩しない夫婦なんて存在しないでしょう。
もともと他人と他人だから血の繋がった親兄弟の家族と違うんだと言う人がよくいるけどこう考えている人はダメなんじゃないのかなぁ?と思うんだけど。
そう思ってしまっている時点で考え方の相違が生まれたときにこの人とは所詮家族と違って合わないからダメと納得する材料にしてしまう。
親兄弟と常に考え思想が一致しているかな?そんなこたぁないはず。
でも血が繋がってるから?犬が子猫育てたりとか猫が子犬育てたりとかってこともよくある話。ジャングルブックに至っては狼が人間を育てた話だし。異種族間でも愛情があるんだから血縁がどーのこーのなんて愛情の決め手になんてならんよ。
前者のような考えをしてたら永久に自分にピッタリのピースを探してさまよい続ける事になるわけさ。出会い→別れ→また出会う→また別れる→どこかで結婚する→あたりまえのように離婚。常に考えが一致して自分に完璧にしっくりくるピース(相手)なんているわけないっての。ロボットじゃぁないのだから。もちろんある程度最初からかみ合う形である必要はあるけどね。
熟年になっても幸せそうな夫婦は喧嘩をしては相手を理解し自分の形も少し変えてみたりして相手のピースとかみ合うように変わってゆくことがうまくできているのだと思う。
こんなんで出会いと別れを繰り返しすぎると交際履歴の人数が増えすぎてあるラインから次の相手がヤリチン?ナンパヤロー?ヤリマン?尻軽い?と思ってしまうようになると思うし。
20代半ば程度で「貴方で7人目の彼氏(彼女)です」言われたとしたらどう思う?
なんか所詮七人目で8人9人と続く経歴の一部にしかならない気がしないか?些細な事での別れ癖もついてる気がするし。
と最近別れた直後なので哲学してみた。まぁ元カノに関してこう思ったわけですよ。
ここを見抜いて付き合うとか難しいからねぇ。
俺がこういうタイプだから相手が浮気とかタブー犯さない限り嫌いになれないわけですよ。
元カノの至ってはルックスが上玉だったので告れば大概成立してしまいそうだからそれも問題なんだろうなぁ。しかも狙いが一番格好よい言われてるようなヤツだし(お前そうなんかい!?っていらん突っ込みはしなくてよいw)
まぁ見た目は非常に重要ではあるが。美人は三日で飽きるとかなんとか言うし(実際美しいものに三日で飽きようが無いがねw)。
かみ合うように互いに変化していけるような出会いがほしいものだ。
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